物色の語源は古代中国の祭礼の時の生贄の牛の毛色を見定めから

物色の語源は古代中国の動物の毛色の見定めに由来します。

では、古代中国において、どんな時に動物の毛色の見定めをしていたのか、そして毛色の見定めは何のためにしていたのかを紐解いていきます。

ちなみに物色の中の「物」という漢字には「牛」が入っていますが、「牛」が漢字の中に含まれている「牢」や「犠牲」もこの語源と関係があります。

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物色の由来は、動物(主に牛)の毛色を見定めることから来ている

古代中国の「儒教経典の礼記」という文献によると、はるか昔、中国では祭礼の時に、生贄として動物を差し出す必要がありました。

集めてきた動物の中でも毛色のいい動物を見定めることから、「物色」の語源とされています。

 

次第に、見定める対象が動物に限定されなくなり、現在では「手広く人物や物を探し求める、手あたり次第探す」という意味として「物色」が使われています。

 

儒教経典とは

物色のエピソードが書かれている中国の古典、儒教経典とは、聖人や賢人の思想・学問や道徳を説いた代表的な古典です。

また、儒教経典は次の文献で、種類ごとでくくられており、

・五経(易経・書経・詩経・礼記・春秋)

・四書(論語・大学・中庸・孟子)

・三礼(周礼・儀礼・礼記)

・春秋三伝(春秋左氏伝・春秋公羊伝・春秋穀梁伝)・・・などがあり、

儒教経典は、上記の種類の文献を総称したものです。

 

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礼記とは

儒教経典の「五経」といわれる書物の一つです。

五経を時代順に並べると「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」となり、「礼記」は4番目の書物になります。

 

「礼記」の言葉から、「礼」に関する表記の意味をしており、「礼」や「礼経」について記述されている文献のことをいいます。

例えば、先ほどの「物色」も祭礼に関する意義なので、「礼記」に記載されています。

他には、細かな礼の制度について記したもの、儀礼について記されたものなどがあります。

 

儒教経典には礼記の他に4つの経典がある

易経

「易」の名前の通り、占術について体系的にまとめられた書物で、立派な学問の一つです。

作られたのは3,500年も前のことで、日本では縄文時代に当たります。

天文・地理・人事・物象を変動の原理と観察によって、占いの基礎が生まれたとされます。

単なる「占い」と思われがちですが、天文・地理・人事・物象というすべての体系に記された統計学であり、立派な学問でした。

当時の中国では、政治でも戦術としても「易」は利用されていたとされていたため、占いは現在よりも重要視され、政治や経済をも動かす欠かせないものでした。

三国志で有名な諸葛孔明も、「易経」を戦術として取り入れていたという説もあります。

 

書経

古代中国の時代の政治やまつりごとについて記された書物のことです。

主に堯、舜、夏、殷、周時代の政治について、書かれており、紀元前1600年頃だと言われています。

著者は諸説があり、孔子によって編纂され、「書経」が生まれたという説もあります。

 

また、日本の元号も「書経」を参考にしたといわれ、「昭和」「平成」もここから生まれました。

「昭和」・・・「百姓昭明なり、万邦を協和せしむ」が由来

「平成」・・・「地平らかに天成り」が由来

ここから「書経」も意外と身近なものだと感じられます。

ちなみに「明治」と「大正」は前述の『易経』を参考にしています。

 

詩経

古代中国の時代(殷・周王朝時代)で、その当時の地方の民衆の『詩』(うた)を集めた最古の詩集です。

約600年間の詩が305編集められ、孔子によって編纂されたと言われています。

また詩経は、「風」「雅」「頌」の3つの種類で構成されております。

・風→「国風」からなる黄河領域15の国の民謡で、160編。

・雅→雅は「朝廷」を意味し、宴の歌、軍の歌、祝いの歌など朝廷で繰り広げる歌が105編。

・頌→王室の先祖に捧げる歌であり、40編。

 

孔子は詩経を、作品から純粋さを感じ取られ、読んでいて心地が良いと称え、詩経を儒教の教えのひとつとして扱うようになりました。

その教えのおかげで、他国との交渉時も、外交官は互いに自国の詩経から詩を選んで主張をしていて、品のある平和な外交ができたと言われています。

 

春秋

古代中国東周時代の前半(=春秋時代)の歴史が記された書物。春秋時代の歴史書です。

儒教において、先人が遺した記録に孔子が加筆し、単なる歴史書ではなく思想を説いた歴史書として制作に関与してきました。

そこから、孔子は先人の思想を受け継いだと言われています。

 

春秋の構成は、出来事が簡潔に淡々と記載されており、年表のような体裁でした。

しかし孔子が制作したことで、何らかの意図があるのではないかと察し、春秋の注釈本が生まれました。

それが『春秋三伝』と呼ばれる代表的な注釈書で、『春秋公羊伝』『春秋穀梁伝』、『春秋左氏伝』の3冊です。

孔子の弟子によって制作されたと言われています。

 

牛を生贄にする中国の宗教儀式

古代中国で牛は、国の生産力や経済力を向上させる力があると信じられていたということもあり、国の繁栄や発展の意味を込めて、祭礼で生贄として大事に捧げられていました。

他にも、ヒツジや豚など他の動物も対象とされていましたが、牛は上記の理由で特別視だったようです。

 

また、牛は家の財産として管理されていたので、しっかりと囲いを作って、盗まれないように閉じ込めていました。

ちなみに「牢(ろう)」という語源は、牛を屋根の下に入れておくということから由来とされています。

古代中国で牛は、祭礼で神様に捧げるためにも、飼育はしっかりとされ、家族同然に大切に扱われてきました。

 

物色の漢字のなりたち

「物」が牛偏の理由は、生贄として差し出されていた「牛」がルーツです。

先ほどの「牢」も、生贄の類語でもある「犠牲」も、面白いことに牛偏なので、そういうところから宗教儀式で捧げられる動物はもともと牛だったことが、漢字から察することができます。

 

そして、「勿」は「いろいろな色」という意味であり、「牛偏」を合わせて「物」という漢字ができ、「いろいろな色の牛」ということになります。

生贄にふさわしい牛の毛色を見定めることから、「物色」という語源につながります。

歴史の中で生まれる、漢字の成り立ちや語源は、ストーリー性があり、実に面白くできていますね。

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